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2008年08月09日

製鉄の跡

IMG_6032.JPG

「山奥に集落・製鉄の跡」
本日の中国新聞の朝刊記事で、専門家の佐々木正孝さんが案内をされています。

とてもオモシロイ内容です。

私も拙いながら「太田川クラフトフェスタ」の地域貢献の一環として
流域のモノツクリの歴史を調べています。

今回の遺跡に「棚田」「寺尾銀山」を加えた探検ルートを作って、
先日、広島市立大学の金属造形工芸科の教授に提案させて頂いたところです。
http://www.fuuen.com/OCF/rekisi/tuor08.htm

まあ〜その〜
観光地化されていないマニアックな旅・・・

貴方も、太田川のモノツクリの源流を訪ね、未来を見つめてみませんか?
新たな発見があるかもしれません。

PS
柴木川は芸北八幡から三段峡へと下る太田川の支流です。
寺尾の現状は、後日お知らせいたします。

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posted by fuuen at 09:26| Comment(2) | TrackBack(0) | モノツクリの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
太田川フェスタの合間に
この山奥に紙漉きがあったはずだと加計町史を覗く
やはり江戸時代まで盛んに漉かれたようです。
寒そうなこの土地
山には十分な原料があるはずだ!

あった深山峡を歩いていたら、立派な楮の木が生息している。
しかも実のなる種類(秋月では見た事がない)
歴史的にも加計は広島と島根の交通の要衝だったとか。
島根からの技術の伝播は容易だ。
広島藩もかなり力を入れていたようである。

又来年加計に来たときは、又何か見つけ出そうっと。
風炎さんよろしくです。
Posted by 秋月楮之守 at 2008年08月10日 07:32
秋月楮之守さま

加計では深山峡の反対側の丁川筋が紙漉きの盛んだった所です。

紙漉きは中国伝来で1400年以上の歴史があるようですが、
どのように伝わって日本中に広がっていたのか知りません。

また教えてください。

現在、石州・因州と山陰に伝統が継承されてますし、
広島の大竹では紙漉きと手描きコイノボリが継承されています。
Posted by fuuen at 2008年08月10日 20:57
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