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2008年08月19日

寺尾銀山

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夢の跡・・・

棚田で有名な安芸太田町空谷から、林道をさらに奥に向かって走り、
途中から別れ、工事中のガタガタ道を進み、
トンネルを抜けると、そこが寺尾銀山跡です。

石見銀山と同じ頃の1300年代に入植したとの記録があり、
当初は地面に露呈した銀があったようですが、主に銅を産出しておりました。

中世には、千軒(大規模)集落に、劇場もあったくらいの賑わいでしたが、
今では、道端に精錬跡がポツンと残るだけ・・・
S53に最後の住民がこの地を去ったとの石碑がありました。

廃墟のような崩れかけた公民館には、
銀山の資料、集落の暮らし、土地を去る想いなどの資料が展示されていました。

う〜ん!

限界を超えて消滅した集落の姿はリアルであり、切なくもあり、
観光としては楽しいものではありませんでした。
http://www.harc.or.jp/iseki/12/p01.htm

棚田、炭焼、たたら製鉄、紙漉、麻、セン糊、革、漆、筏・・・
太田川上流域には、消えた集落が他にもあるみたいです。

されど・・・
生きる為の交流があったのは事実で、
太田川下流域のモノツクリ産業として受継がれています。

今、手仕事や中間山地のあり方を考えています。

PS
風炎窯から、
北西の百々山の向こうに寺尾銀山跡、南の猿彦山にも銀山跡があり、
西300mには弥生遺跡もあります。

まあ〜その〜
風炎窯が遺跡になる前に、歴史に残る陶芸作品を買っておいてくださいね。

ブチクソ切ない・・・

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posted by fuuen at 08:28| Comment(0) | TrackBack(0) | モノツクリの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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