■■ 風炎窯の営業日のお知らせ ■■


   ● 工房アクセス   ● バス時刻表   ● 今日の天気   ● 陶芸教室(予約制)   ● DM請求

2009年11月26日

たたら製鉄跡の発掘

iseki2.jpg iseki1.jpg

北広島町溝口に中世のたたら製鉄跡が発見され、
去る11月7日(土)に現地説明会がありましたので出席いたしました。
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200911060258.html

発掘した溝、焼成反応のある炉の底部、放棄されたカナクソがありましたが、
そのうち埋め戻されるそうです。

iseki3.jpg

iseki5.jpg

iseki4.jpg

北広島町&安芸太田町一帯はたたら製鉄跡が多く発見されており、
中世から江戸期にかけて一大産地でありました。

奥出雲や庄原では製鉄の歴史を観光資源として有効活用されており、
博物館も多く遺跡も保存され、観光プロジェクトとして動いています。

残念ながら、安芸太田町は静かな感じ・・・

朝鮮半島から山陰に伝わった製鉄ですが、
中国山地から山陽側に伝えた動脈は太田川であり再認識されるべきものです。

たたら製鉄に一番大切なのは燃料の木炭であり、炉にするマサ土の質、砂鉄と続く・・・
西中国山地の森林の再生力は強いものがあります。

山がハゲたら移動を繰り返していたようですね。

過去の駄文・・・
http://ww4.tiki.ne.jp/~fuuen/oyaji2/17_rekisi.htm
http://ww4.tiki.ne.jp/~fuuen/oyaji2/18_mono.htm

陶器の場合・・・
土器を穴窯で覆って高温で焼けるようになったのは古墳時代からですが、
たたら製鉄と同じようなルートで伝わったもので須恵器といいます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%88%E6%81%B5%E5%99%A8

倉敷時代に岡山県牛窓の寒風一帯の須恵器の窯跡を探検した事がありますが、
やはり山がハゲたら移動を繰り返していたようです。

ワシの場合・・・
男がハゲたら死ぬまで付き合うしかありませんが、
もし叶うなら再生したい願いはあったけど、もうどうでもよくなってしまいました。

広島ブログ
広島ブログ・ランキング参加中!クリックしてつか〜さい!


posted by fuuen at 01:50| Comment(0) | TrackBack(0) | モノツクリの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。